~日本発の成分で、世界の美を変える~ コーセーの発酵技術
無数の成分の組み合わせから、量子コンピュータがわずか10秒で化粧品処方をはじき出した。そんな世界初※1のテクノロジーを用いたコスメデコルテ「AQ 毛穴美容液オイル」は、量子コンピュータを化粧品開発に用いた革新性と、角栓を「溶かし崩す」という確かな機能性が評価され、数々の賞を受賞しました。その10秒の最適解の裏側に隠された、6年にわたる研究者の執念を紹介します。
※1 溶解度パラメータを用いた成分の選定および配合量の組み合わせの計算について
写真左: コーセー 研究所 メイク製品研究室 吉川健太郎(よしかわ けんたろう)
茨城県出身。2011年コーセーに入社。クレンジングを中心としたスキンケアからベースメイクまで、幅広い製剤開発に従事。2019年より、新たなプロジェクトとして量子コンピュータの応用研究をスタート。「AQ 毛穴美容液オイル」における、角栓研究や製剤化を担当し、商品化に向けた研究開発を牽引。
写真右: コーセー 研究所 データサイエンスグループ 帯金駿(おびかね しゅん)
静岡県出身。2020年コーセーに入社。データサイエンティストとして、研究分野からマーケティング分野まで幅広いデータ分析業務に従事。「AQ 毛穴美容液オイル」における量子コンピュータを⽤いた計算アルゴリズム開発を担当。

世界で初めて※1量子コンピュータを用いて処方を計算したクレンジング美容液。摩擦感のない軽いのびひろがりで、毛穴に蓄積した角栓を溶かし崩し、黒ずみやザラつきのない肌に導きます。2025年5月に発売された本品は、量子コンピュータを用いた革新的なアプローチと確かな機能により国内外で高く評価されており、2025年11月にはアイスタイルが主催する「The 6th Japan BeautyTech Awards」にて特別賞を受賞。2026年3月にはMintelが主催する「Mintel Most Innovative 2026」において、アジア地域の美容・化粧品部門での受賞商品に選出されました。2026年4月には中国でも発売され、現地でのAQラインにおける売上を牽引するなど、グローバル展開を強化しています。
※1 溶解度パラメータを用いた成分の選定および配合量の組み合わせの計算について
この異色の技術をもつ、化粧品はどうやって生まれたのでしょうか?
ここからは研究者へのインタビューを通して、その誕生の裏側に迫ります。
吉川 私は長らく化粧品処方の開発に携わってきました。私たち研究員は長年の経験や知識、時には勘を頼りに処方を組み立ててきましたが、いつまでも職人芸のようにつくりこんでいけるのだろうか?と限界を感じるようになりました。化粧品はたくさんの成分を組み合わせてつくられますから、無限とも言える成分の組み合わせの中から真の最適解を導けたら、もっと機能的で革新的なモノづくりができるのでは、と考えたのです。そこで、2018年に当社が主催するアクセラレータープログラムに参加し、外部企業との連携による、新たなモノづくりの可能性を模索しました。そこで私たちのチームは量子コンピュータを扱う企業と出会い、人とコンピュータの共創による新しいモノづくりを提案しました。その提案は従来の延長線上にないモノづくりにつながるという期待から、経営層に採択され、2019年から本格的に量子コンピュータの研究がスタートしました。

吉川 量子コンピュータとの出会いのきっかけとなったアクセラレータープログラムは会社の施策ですし、こういう異色なものでも可能性を信じて、挑戦できるのはコーセーの企業風土だと感じています。
吉川 量子コンピュータを化粧品処方に応用するためには、コンピュータに計算させるための指標が必要です。しかし、化粧品には機能性のほかにも心地よさや好み、といった数値化できないたくさんの要素があります。何を計算させるべきか、適切な指標は何か、大変に頭を悩ませました。一方で、化粧品開発に新しい地平線を拓きたいという思いは常に燃えていましたね。
吉川 では、量子コンピュータは少し横に置かせていただきます(笑)。角栓による毛穴詰まりに悩む人は多く、実は皮脂分泌の多い10〜20代だけでなく、不十分なクレンジングやターンオーバーの乱れによって、年齢を問わず発生します。これだけニーズのある課題だったわけですが、これまでの角栓ケアはパックなどでまるごと引き抜いたり、角栓の約7割を占めるタンパク質を酵素などで溶かす手法が主流でした。しかし、これらは周囲の肌にも負担をかけてしまう懸念があります。肌の細胞もタンパク質でできているわけですからね。
吉川 もっと肌に負担をかけずにうまくやる方法があるのではないか?と注目したのが、角栓の約3割を構成する「脂質」です。この脂質を似たような性質をもつオイルで効果的に溶かし出すことができれば、角栓そのものも緩んで崩れゆくはず、と考えたのです。この考え方は「Like dissolves like(似たものは似たものを溶かす)」という、古くから伝わる化学の原理にも通じるものです。具体的には「溶解度パラメータ」という、溶けやすさの指標に注目して、角栓を最もよく溶かせるオイルの組み合わせを探求したのです。

吉川 その通りです。まずは角栓そのものの溶解度パラメータを求めなくてはいけませんでした。そこで30名以上の人から角栓を採取し、ひとつひとつ溶媒に溶かして数値を求めていく、という地道な実験を行いました。他にも、数多くのオイルの溶解度パラメータを自ら実験で定めなおしました。文献値が知られている成分もいくつかありましたが、きちんと自分の目で確かめたかった。「よく大変な作業を…」と言われるのですが、まったく辛くはなかったですね。むしろ、目標が見えていた中で、やるべきことだとはっきり分かっていたからです。私たち研究員にとって「モノづくりに邁進できること」は幸せなことなのです。
吉川 角栓の溶解度パラメータの数値を目標として、最適なオイルの組み合わせを探究しました。候補としたオイルの種類から計算すると、その組み合わせはゆうに1,000億通り※2を超えます。この中から最適な組み合わせを探す作業は、単純な計算では年単位の途方もない時間を要します。そこで驚異的な計算力をもつ量子コンピュータの出番というわけです。しかし、実際にどのような計算方法で命令するか、といういわゆる計算アルゴリズムを組むことは当時の私では難しかった。そこで、データサイエンティストとしての素養をもつ帯金さんに声をかけ、部署横断でタッグを組むことにしたのです。
※2 クレンジングに適した成分の選定および配合量の組み合わせ(概算値)
帯金 シンプルに面白そうだな、と思いました。正直に言うと、2019年にコーセーが量子コンピュータを活用する、と発表したときは、「本当にできるのかな?」と当時、情報系の学生の身としては疑っていました。でも、社員としてきちんと吉川さんの話を聞いたとき、計算問題としては解けそうだなっていう感覚がありました。まだ、角栓が溶けるかどうかは分からなかったのですけれども(笑)。

帯金 実際に吉川さんから託された溶解度パラメータなどのデータをもとにアルゴリズムを構築し、計算を実行すると、ものの数秒でいくつかの処方候補が得られました。そこから、本当にこれで角栓が溶けるのか?という実験を吉川さんとともに進めていくことにしました。今回の量子コンピュータを活用した計算によって、有望な処方候補を複数得ることができました。この計算には人間の先入観が入らないため、人だけでは到達しにくい処方候補を比較・評価できるという、化粧品開発における大きな転換点になったと考えています。
吉川 出てきた処方を見ると、長年化粧品開発をしてきた人間の目からすると突拍子もない「気持ち悪い」組み合わせもありました。しかし、「人間の考えつかないものをつくりたい」という想いが根底にあったため、先入観を完全に捨て去り、はじき出された処方を実際につくって、人工角栓を溶かす検証をしていきました。その過程では、計算で出された処方に厚みのあるオイルを追加したものを試したこともあるのですが、角栓を溶かす機能が落ちてしまい、結果的にはじめのバリエーションの中にベストな解がありました。2019年に量子コンピュータの研究に着手してから、「ついにできたな!」と感無量でした。

帯金 吉川さんから、「溶けた!」という報告をもらったときは嬉しかったですね。しかも、計算で出てきた処方が一番良かったと聞いた時には、データサイエンティストとしての大きな自信にもなりました。計算を化粧品の処方開発に活かすことができるということを実証する、ひとつの事例になったわけです。
吉川 今回、溶解度パラメータの研究で構築した「成分データベース」は、コーセーにとって今後のモノづくりを支える大きな財産になります。このデータと計算アプローチは、角栓ケアだけでなく、日やけ止めや新たな素材開発など、他の領域でも広く展開できる可能性を秘めています。また、計算機を使うことで「既存の成分でも組み合わせ次第で、今まで実現できなかった機能や品質を出せる」ということが見えてきて、「組み合わせの妙」とも言われる化粧品処方の奥深さや面白さを感じています。
帯金 量子コンピュータや計算をモノづくりの手段の一つとして実証できたことは大きな成果です。データサイエンスには規則正しい理論で動く面はありますが、化粧品のモノづくりにおいては感性も非常に重要な役割を果たすと考えています。これからは人の感性を数理モデルに融合させることも考えていきたいですし、様々な意味での最適解を計算で突き詰め、世の中を驚かせたいです。
